イスラエルとUAE(アラブ首長国連邦)が国交を正常化しました。背景には、共通の敵であるイランに包囲網を築く意図があります。イスラム国家が、イスラエルと国交を正常化したのは、エジプト、ヨルダンに続いて三カ国目です。今回の出来事は、市場や国際社会にどのような影響を及ぼすのでしょうか。
市場への影響は?
今回の中東世界における国交正常化はいつもどおり、米国が仲介しました。
米国はイスラエルの同盟国であり、イスラエルを防衛する観点から、これに脅威を与えているイランを中東で孤立させ、弱体化させる目的で、融和的なUAEを誘い込み、イスラエルと国交正常化させました。これが今回の出来事の実態です。
それではこの国交正常化は、金融市場全体にどのようなインパクトを与えるのでしょうか。結論を先に言えば、市場への影響はゼロに近いと言っていいと思います。
理由は、二つあります。一つは、最近は、市場が中東の地政学的リスクにあまり反応しなくなっているためです。
今年初め、米国はイランの革命防衛隊の司令官を、イラク・バグダッドの空港で攻撃、暗殺しました。市場関係者の間では、典型的な地政学的リスクが発生したとして緊張が走りましたが、ダウ、VIX指数(恐怖指数)ともに1-2日で衝撃を吸収してしまいました。今回の出来事は、これに比べれば小さな間接的な問題です。
もう一つの理由は、最近は、市場が中東原油に関するファクターにあまり反応しなくなっているためです。
現在、世界の原油市場は供給過剰でだぶついており、なおかつ米国が原油を自己調達できるようにになったため、中東の湾岸地域で何か問題が起きても、それが世界的な影響を持たなくなりました。
以上二つの理由により、今回の出来事の市場への影響は、ほぼゼロに近いと言ってもいいのではないかと思っています。
イスラエルと米国の絆
今回の国交正常化の背景には、イランの核開発という問題があります。
イランは、自身の影響力の拡大と、イスラエルの破壊を目的に、核開発を進めてきましたが、一番目の目的もさることながら、二番目の目的は、米国の逆鱗に触れる問題でした。
米国の政財界には、ユダヤ人が広く深く浸透しており、米国は今も昔もイスラエルを脅かす動きは徹底的に叩き潰す傾向にあります。
念のために言っておくと、これはユダヤ陰謀論とかいうものではなく、単にユダヤ人が欧州などで迫害され、自由の国アメリカに避難、移住してきて、教育熱心な家庭に育った結果、自然と米国社会の支配層に浸透したというだけに過ぎません。意図的にこうしたということでなく、自然の結果なのです。
トランプ政権にも、ユダヤ人が参画しています。その代表格は、トランプ氏の娘婿で、大統領のアドバイザーを務めるジャレド・クシュナー氏(※)でしょう。
※下記動画キャプチャの中心の人物。右側のムニューシン財務長官もユダヤ系。
彼は、今回の国交正常化交渉で、イスラエルのネタニヤフ首相、UAEのシャイフ・ムハンマド皇太子と何度か電話しながら、合意の地馴らしをしたと言われています。トランプ氏としては選挙前に大きな実績ができて、さぞ感激していることだと思います。
ユダヤ人は、今も昔も米国の政権中枢で、米国のイスラエル政策をコントロールしています。繰り返しになりますが、これは陰謀とかではなくて、純粋に歴史的な経緯によるものです。
孤立を深める大国イラン
今回の国交正常化で、イランは中東でますます孤立の度を深めましたが、このような事態に至った理由は三つあります。
第一には、イランはペルシャ文化圏で、他の中東諸国はアラブ文化圏だということです。日本人からは違いがわかりにくいですが、言葉も習慣も違い、水と油であり、もともと他と違うということです。
第二には、イランはイスラム教のシーア派が中心で、他の中東諸国はおおむねスンニ派が中心だということです。両派は7世紀に分裂して以来、水と油であり、こちらももともと違うということです。
第三には、イランは中東を代表する大国であるだけでなく、国家として最も古い歴史を持っているということです。ルーツは紀元前のアケメネス朝ペルシアという当時の超大国であり、もともと他の中東諸国と全然、格が違います。
このように、イランという国は、中東世界でもともと異質で別格の存在であり、孤立しやすい事情がありました。
そして、1979年のイスラム革命の際に、米大使館占拠事件を起こしたときから米国との対立が決定的になり、レバノンにいたヒズボラ民兵組織を通してイスラエルを間接攻撃したり、核開発を進めたことで、米国とイスラエルにとって不倶戴天の敵と見なされるようになりました。
このような事情があるため、米国はイランをあらゆる手段を使って孤立させ、弱体化させようとしています。そして、他の中東諸国にとっても、大国イランが弱体化することは都合が良いのです。
今回のイスラエルとUAEの国交正常化には、こうした背景があります。
次はサウジアラビアか
中東には、イラン以外に二つの大国があります。サウジアラビアとトルコです。トルコは、イスラム原理主義への回帰を目指し、米国と対立しているので、イラン包囲網に加わる可能性はほとんどありません。
そのため、米国の仲介で次にイスラエルと国交正常化を果たすのは、サウジアラビアではないかと言われています。もしこれが実現したら、国際社会の力学が変わるくらいのインパクトがあるため、今回のUAEとの正常化は、そのための布石ではないかとさえ言われています。
この方向へ事態が進むかどうかは、11月の米大統領選挙の結果次第と言えます。
共和党と民主党の中東政策を比較すると、共和党の方が親イスラエル的で尖鋭的であり、民主党の方が良くも悪くもイスラエルとアラブ・パレスチナ連合のバランスを取る傾向にあります。
民主党のオバマ政権は、イランに融和的で、それまでの経済制裁を解除し、国際社会への復帰を取り計らいました。そして、トランプ政権はこの動きを封じて、逆行させたわけですが、バイデン政権ができれば、おそらくオバマ政権と同じ政策を取る可能性が高いです。
共和党とも民主党も、イランの影響力を削ぎ落としたいという点は一致しているのですが、「北風と太陽」の寓話に例えれば、共和党は「北風政策」、民主党は「太陽政策」を採用する傾向にあります。大統領選の結果で、中東の景色も変わってくるということです。