中東の北方、ロシアの南方に位置する「ナゴルノ・カラバフ」という地域で紛争が起きています。このあたりは、非常に入り組んだ複雑な地域で、多くの日本人にとって馴染みが薄い地域かもしれません。
しかし、この紛争は小さな地域紛争でありながら、その背後には、ロシア、トルコ、イランなどの大国が控えており、今後戦火が拡大していく可能性もあります。きょうは、この「ナゴルノ・カラバフ紛争」について取り上げます。
ナゴルノ・カラバフ紛争の概要
ナゴルノ・カラバフは、下図の通りアゼルバイジャンの領域内にある地域です。国際上の地位としては、アゼルバイジャンの自治州とされています。
非常に複雑な背景があるので、この紛争のポイントを下記に列挙します。順番にお読みいただくと、この紛争の性質がストンとご理解いただけるかと思います。
- ナゴルノ・カラバフ紛争は、アルメニアとアゼルバイジャンの間の領土紛争。
- アルメニアは、かつてのロシア帝国の影響が強く、キリスト教徒が多数派。
- アゼルバイジャンは、かつてのオスマン帝国の影響が強く、イスラム教徒が多数派。
- アルメニアとアゼルバイジャンは、20世紀の大半は共に旧ソ連に組み込まれ、ソ連崩壊後、それぞれ分離独立した。
- ナゴルノ・カラバフは、住民の多くがキリスト教徒のアルメニア人だが、アゼルバイジャン領内の飛び地として存在している(ここが紛争のキモ)。
- アゼルバイジャンは、ナゴルノ・カラバフを自治州として認めているが、あくまでアゼルバイジャンの領土の一部と主張。
- アルメニアは、ナゴルノ・カラバフを実効支配しており、最終的に自国に編入したいと思っている。
- ナゴルノ・カラバフ自治政府も、自らを「アルツァフ共和国」という独立国と名乗り、アゼルバイジャン中央政府の言うことを全然聞かない。
以上となりますが、各派にこういう思惑があるので、いつまでたっても争いが終結せず、今回のように間欠的に武力紛争が起きるという事情があります。次に、この紛争の国際的な影響を考えます。
ナゴルノ・カラバフ紛争の国際的な影響
先ほどの地図を見ていただくとお分かりいただけるかと思いますが、ナゴルノ・カラバフ紛争では、紛争当事者であるアルメニアとアゼルバイジャンが、地域の大国に取り囲まれているという事情があります。そのため、おのずとこれらの国々が影響力を行使して、国際的な影響を生じます。
具体的には、次のような構図になっています。
- トルコは、同じイスラム教が多いアゼルバイジャンを支援。
- ロシアは、同じキリスト教が多いアルメニアを支援。しかし、武器や傭兵が、アゼルバイジャン側にも流入しており、結果的に紛争を焚き付けている。
- イランは、中立。和平交渉を仲介したこともある。
かつては米国も、米仏ロの三国が共同議長を務める「ミンスク・グループ」という和平交渉の枠組みの一翼を担っていましたが、最近はこの紛争の解決に関与しているという話は聞きません。
よく考えると、米国は、この紛争の再発で、トルコ、ロシア、イランという仮想敵国が消耗するので、間接的に「恩恵」を受ける立場にあります。はっきり言えば、米国にはナゴルノ・カラバフ紛争を止めるインセンティブがないのです。
また、かつてナゴルノ・カラバフには、世界経済に影響を与えるファクターがありましたが、今ではその要素も消失してしまいました。具体的に言うと、アゼルバイジャンにはバクー油田という世界有数の油田があり、近くのカスピ海にも油田が散在し、かつては世界の注目を集めていたのですが、いま原油市場は供給過剰の状態にあり、米国も原油の輸出国になりましたから、かつてのような影響力がなくなってしまったのです。
そういう意味で、西側諸国にとって、ナゴルノ・カラバフ紛争は解決を図る優先度が低い紛争なのかもしれません。
しかし、この紛争はロシアとトルコの紛争に拡大する潜在性を秘めており、これがもしエスカレートすると、新たな地政学リスクとなります。
ロシアは、数年前のクリミア危機、ウクライナ東部紛争に見られるように、近年、混乱に乗じて領土を拡張するような「火遊び」をする傾向があります。
またトルコも、エルドゥアン政権がこの数年、急激にイスラム原理主義に傾斜してきており、以前の西側寄りのトルコとは、性質の全く違う別の国に変貌しています。
ナゴルノ・カラバフ紛争は、地球の片隅の小さな地域紛争ですが、このようなキナ臭い導火線が紐付いています。その意味で、潜在的な地政学リスクを抱えていると言って差し支えありません。動向を注意深く見守る必要があります。