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書評:ファイナンス理論全史 ― 儲けの法則と相場の本質 田渕直也

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ファイナンス理論全史――儲けの法則と相場の本質 (日本語) 単行本(ソフトカバー) – 2017/12/14

本書は、ファイナンス理論、投資理論の理論史、学説史の本です。つまり、最適な投資方法をめぐって、これまで学界と現場でどのような議論が戦わされてきたかをまとめた本です。

私は、一つの分野を学ぶにあたり、こういう学説史の本を必ず読むようにしています。

なぜなら、どんな分野でも、複数の相矛盾する理論・学説が乱立しているのが常であり、最初にその全体像を俯瞰的に把握しておかないと、枝葉末節に時間を取られてしまい、学習効率が落ちるからです。

そういうわけで、私は投資を学習・実践する上で、投資理論の学説史の本を探してきたのですが、本書の内容はまさに私の期待に応えてくれるものでした。

本書の概要 現代ファイナス理論と行動ファイナンス理論の対立

本書の要点をざっくり一言でいうと、「この100年の投資家の試行錯誤の歴史は、現代ファイナス理論と、行動ファイナンス理論の対立の歴史だった」ということになります。ちょっと分かりにくいかもしれないので、以下に説明していきます。

現代ファイナンス理論とは?

現代ファイナンス理論とは、市場には現在入手できるすべての情報が織り込まれているとする「効率的市場仮説」をベースにした投資理論です。そこには、市場の動きは、事前に(確率を含め)予測できるという思想があります。

そして、現代ファイナンス理論の中には、市場の動きはランダムであるとする「ランダムウォーク理論」も含まれます。なぜならば、ランダムウォーク理論は統計の正規分布をなぞる内容であり、市場の動きを正確に予測することはできなくても、事前に確率を計算することはできるからです。

また、ブラック=ショールズ方程式も、現代ファイナンス理論のうちに含まれます。これも正規分布をベースにして、複数の判断材料から投資結果の理論値を算出するからです。

さらに、リターンとリスクの計算方法を理論化したモダン・ポートフォリオ理論CAPM(資本資産価格モデル)も、現代ファイナンス理論の中に含めることができます。

そして、これらの理論を基盤にして、バートン・マルキール、チャールズ・エリス、ジョン・ボーグルらによって、インデックス・ファンドのパッシブ運用の優位性が主張される
ようになりました。

以上は、現代ファイナンス理論の潮流です。彼らが言いたいことは、ざっくりいうと、「投資の結果は統計学的に計算可能」ということです。

行動ファイナンス理論とは?

しかし市場では、統計学的にありえないことも実際に起きるので、これらをどうするかという問題が出てきました。

具体的には、ウォーレン・バフェットは年率20%超という驚異的な運用益を60年近く継続して出してきましたが、これは統計学的にはあり得ない数字なのです。

また、ブラックマンデーやリーマンショックのような事象も、統計学的に絶対に起き得ないはずだったのに、現実に起きてしまいました。

これらは、「アノマリー(異常値)」と呼ばれますが、いずれも現代ファイナンス理論に従えば、現実には発生し得ない事象です。

そのため、現代ファイナンス理論の支持者の間では、アノマリーについては「何事にも例外はある」というふうに適当に片付けられてきました。

しかし、ブラックマンデーやリーマンショックが、経済に壊滅的なダメージを与えたこともあり、そもそも現代ファイナンス理論には致命的な欠陥があるのではないか、根本的に間違っているのではないかという批判が出てくるようになりました。

こうした中で台頭してきた対抗理論が、行動ファイナンス理論です。

行動ファイナンス理論は、プロスペクト(期待)理論という枠組みを使って、人間の認知にはもともとバイアスが内在しているため、投資の結果はスタンダードな統計学の手法では算出できないことを論証しました。

その底流にあるのは、ヒトの認知は歪んでいるので、そもそも合理的に判断できないし、合理的に行動もできないという考え方です。そのため、アノマリーは必然だということになります。

また、現代ファイナス理論の根幹を支える効率的市場仮説への批判として、ロバート・シラーは、市場の現実の変動幅は、ファンダメンタルズの変動を遥かに大きく上回っていることを論証し、この仮説の欠点を指摘しました。

また市場の動きは正規分布にならないので、アノマリーの確率は一般に思われているよりも高いとする「ファットテール理論」、また正規分布から少し外れた小さな乖離が巨大なズレに増幅するとする「バタフライ効果」、また単純な因果関係の組み合わせが想定外の結果を生むとする「カオス理論」なども主張されました。

このようにして行動ファイナンス理論を取り巻く諸理論は、現代ファイナンス理論が説明できなかったアノマリーについて、合理的な説明を加えました。

また本書は、ヘッジファンドの多くは、アノマリーの原因となる「市場の歪み」を利用して、利益を生み出していることも指摘しています。

まとめると、現代ファイナンス理論は、市場の動きの「原則」を説明できるが、ほんの一部の例外は説明できない。しかしこの「ほんの一部の例外」が、市場全体を大きく揺さぶるほどの大きな影響を及ぼすため、この重大な「例外」については行動ファイナンス理論の一派が説明している、ということになります。以上が本書の概要です。

理論を理解していれば、結果を出せるか?

さて、ここまで来ると、現代ファイナンス理論と行動ファイナンス理論の両方を完璧に理解していれば、相場で成功できるのではないかと感じる人もいるかもしれません。

しかし結論を言うと、残念ながら「ほぼできない」と言わざるを得ません。理由は、まず現代ファイナンス理論と行動ファイナンス理論の本質を、完璧に理解すること自体が難しいからです。

本書はこれらの理論を非常に分かりやすく説明してくれていますが、実際にこれらのすべてを理解するとなると、その学習量は膨大であり、その難解さ、複雑さは常人の理解を超えています。

そして、もう一つの理由は、仮にこれらの理論を完璧かつ正確に理解できたとしても、その知識を正確に実行できないという実行面の壁があるということです。

分かりやすい例でいうと、バフェットの銘柄の選択眼は誰にも真似できないと言われていますが、それとは別に、そうした優良銘柄を売らずに何十年も長期保有することも真似できないということが指摘されています。普通の人は、相場の大波が来ると、どうしても耐えきれずに売ってしまうということです。

これは、メンタルの強さというよりも、長期保有した方が得なのに、今すぐ売った方が得であると思ってしまう認知バイアスに起因した問題です。つまり、ここにも行動ファイナンスが指摘した「(大半の)人は合理的に行動できない」という壁があるのです。

学説史を知っておくことの意味

では、これら現代ファイナンス理論と行動ファイナンス理論の概要を知っておくことは無駄なのでしょうか。そうは思いません。

なぜならば、投資のプロと言われる人たちは、こうした学説史を意識的に勉強してきたかどうかを問わず、誰もがこれらのことを常識として知っており、それを前提に仕事をしているからです。

そういう意味では、学説史を知っておくことは、投資のスタート地点に立つことになります。

もしこうした学説史を知らなければ、それぞれの投資クラスターでは、最初から長期的なリターンとリスクはほぼ決まっていることを知らずに、株式や債券、コモディティに手を出すことになるでしょう。

実際の株価の動きが、ファンダメンタルズを反映しないとき、なぜこんなことが起きるのかと無駄に悩むことになるでしょう。

また、自分の認知が元から歪んでいることを知らないまま、ある程度、知識を仕入れ、経験を積めば、必ず儲けることができると勘違いして、大金をマーケットに注ぎ込むことになるでしょう。

さらに、アノマリーの存在を知らずに相場に足を踏み入れることは何よりも恐ろしいことです。

このように、現代ファイナンス理論と行動ファイナンス理論の概要を知らずに、投資の世界に入っていくことは、地図を持たずに旅に出かけるようなものです。

以上、本書は、株式投資のスタート地点に立つ上で必須の本だと思いました。いわば、隠れた株式投資入門書です。

写真やチャートも多用されており、難解な理論を分かりやすく、初心者向けに解説してくれています。すべての株式投資家にお薦めしたい大変な良書です。

ファイナンス理論全史――儲けの法則と相場の本質 (日本語) 単行本(ソフトカバー) – 2017/12/14

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