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FRBが伝統的インフレ予防策を撤廃

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FRBは毎年、この時期になるとワイオミング州の片田舎にある山荘で、国際経済シンポジウム、いわゆる「ジャクソンホール会議」を各国の中央銀行総裁を集めて開催します。

今年は新型コロナの影響で、オンライン形式で8月27~28日の日程で開催されており、冒頭講演で、ジェローム・パウエルFRB議長が新たな金融政策について説明を行いました。きょうは、このFRBの新指針について考えます。

伝統的なインフレ予防策を撤廃

これまで、FRBを含め、各国の中央銀行は、物価上昇率2%を目標に、これを超えないギリギリの線を狙って金融政策を実施してきました。

しかし、今回FRBは、ジャクソンホール会議の直前に実施された連邦公開市場委員会(FOMC)で、「物価上昇率が2%を一時的に超えることを目指す」という新たな指針を決定し、ジャクソンホール会議の冒頭講演で公表しました。これは非常に大胆な方針転換です。

物価上昇率2%というのは近年の自然利子率を元に、先進各国の中で暗黙の了解として設定されてきたインフレ防止のレッドラインで、米国では2012年以来、ずっと厳守されてきた目標基準でした。

今回、2%を一時的に超えても良いと判断を下した背景には、新型コロナ問題による実体経済の落ち込み、具体的には失業率の急激な悪化に対する懸念があります。

米国の失業率の推移
米国の物価上昇率の推移

米国では、新型コロナ以前は、政策金利の調整、量的緩和の水準調整といった金融政策に対して、実体経済が一定の感応度を示す手応えがありました。

しかし、今回の新型コロナ問題による失業率の急上昇が未曾有の水準に達したため、失業率の改善をミッションの一つとするFRBとしては、思い切った方針転換を行う必要がありました。

今後の注目点

さて今回、「物価上昇率が2%を一時的に超えてもいい」という新指針を打ち出したFRBですが、この新たな政策は実際のところ、どのように評価できるのでしょうか。いろいろな見方があると思いますが、以下に主な二つの側面について考えみたいと思います。

これで本当に経済は浮揚するのか

一つは、これで本当に足りるのかという見方があると思います。新型コロナによる失業率の上昇カーブは衝撃的で、実際のところ、人と接触できないという物理的な問題を考えると、飲食業、旅行業のような直撃を受けているセクター、そしてそこから間接的影響を受ける金融業などが、これで本当に回復の手がかりを掴めるのかという点に不透明感が残ります。

はっきり言えば、まだ全然足りないのではないかという懸念があるということです。ただ、FRBは既にゼロ金利政策を徹底しており、量的緩和も維持し、財務省と協力して間接的に企業への融資を行う特別スキームを導入するなど、政策の打ち手は限界に達しており、FRBとしては最後の必殺打を放った観があります。

一気にインフレになる心配はないのか

他方、この指針は危ないのではないかという懸念もあるでしょう。特に11月の大統領選挙で民主党のバイデン氏が勝利し、議会も民主党が過半数を押さえた場合、大規模な財政政策が打ち出される可能性があります。そうなると、いまの金融政策との組み合わせが、一気にインフレを生じる可能性は否定できません。

経済政策の難しさは、「合成の誤謬(ごびゅう)」という言葉に代表されるように、精密な計算を重ねてミクロの政策を積み上げても、マクロレベルでは全然違う答えが出てくることがある点にあります。そして、現実は動態的に変化していくので、一回モメンタムが生まれると、それを抑えるのは容易なことではありません。

物価上昇率の制御というのは、巨大タンカーをミリ単位の正確さで接岸させるような難しさがあり、政権交代による財政政策の転換といった大きな要素が入ると、FRBは非常に難しい舵取りを要求されます。

以上、今回の「物価上昇率が2%を一時的に超えることを目指す」という新指針は非常に大胆な施策ですが、これでも足りない、そしてこれは危ない、という両方の見方ができることが分かります。

そのため、今後、FRBはますます機敏かつ精密な政策判断を求められることになるわけですが、外野のうち、とくにホワイトハウスはFRBの独立性を尊重し、変な雑音を立てないことが大事なのだと思います。

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