ニュース解説

いま中東で起きている地殻変動

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中東地域における対立軸が、ここ1-2週間のうちに大きく変化しています。先日、イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)が国交正常化したというニュースが飛び込んできましたが、これは中東全域で起きている地殻変動の一角に過ぎません。

その地殻変動とは、いままで中東では、イスラエルがイスラム諸国と対立してきたのですが、それが、イランが、イスラエルを含む多くの中東諸国と対立する構図に変化してきたというものです。

きょうは、この中東地域を揺り動かしている地殻変動と、この変化がマーケット全般に与える影響について考えみたいと思います。

対立軸が変化 ― イスラエルに代わってイランが孤立

中東で各国間の対立軸が急激に変化してきました。簡単に言うと、次のような変化が起きています。

 過去: イスラエル vs イスラム諸国
 現在: イラン vs イスラエル+ほかの多数のイスラム諸国

今までは、イスラエルが孤立して、他のイスラム諸国グループに対立していました。これは「ユダヤ教 対 イスラム教」という対立軸で、非常に分かりやすいものがありました。

しかし今では、イランが孤立して、他のイスラム諸国とイスラエルのグループに対立する構図に変わりました。このような変化が起きた理由を説明します。

対立軸が変化した5つの原因

対立軸が変化した原因は、次のような事情によります。いずれも急に起きた話ではなく、ここ数年をかけて変化した地殻変動が、一気に表面化したものです。

1.パレスチナ支援への疲れ

アラブ諸国は、1948年のイスラエル建国以来、この地に住む同じアラブ人の同胞であるパレスチナ人を支援するために、イスラエルと敵対してきました。

しかし、パレスチナ自治政府が腐敗していること、支援するアラブ諸国に楯突く態度を取ることなどから、70年余りの歳月のなかでパレスチナ自治政府を支援することに疲れてきました。

この土地は、もともと紀元前2千年頃からユダヤ人が居住してきた史実があり、イスラエル建国の直前には、オスマン帝国や英国統治下のアラブ人から合法的に土地を買い取っていた経緯があることなどから、もはやパレスチナの大義を守る意味が消失したということです。

2.米国のシェール革命

米国は、国内に多くのユダヤ人を抱えている事情もあり、歴史的にユダヤ人国家であるイスラエルを支援しつつ、他方でエネルギー確保の事情から、原油輸出国の中東イスラム諸国と良好な関係を維持してきました。

しかし米国は、技術革新により2010年頃から、国内のシェール層(頁岩層)から原油や天然ガスを抽出できるようになり、今では原油輸入国から輸出国へ立場が転換しました。そのため、もはや中東イスラム諸国に気を遣う必要がなくなりました。

結果的に、中東イスラム諸国は、米国から突き放される形となり、損を出しながらパレスチナ支援を続けるか、米国と組んで商業利益を拡大するかという二者択一を迫られるようになりました。

3.イスラム過激派への嫌気

イスラム諸国には、もともと過激思想を持つ暴力的な集団が棲み着いていました。具体的には、パレスチナ自治政府に食い込んでいるハマス、レバノン政府に食い込んでいるヒズボラなどです。このハマスとヒズボラは、イランの資金援助を受けています。また近年では、いわゆるイスラム国(IS)が、その悪名を轟かせました。

イランの支援を受けているハマスやヒズボラが、ISと強い結び付きがあるという話はあまり聞きませんが、ISの存在は、イスラム過激派の悪いイメージを全世界に拡散させ、経済制裁などを含め、関わりを持つとロクなことがないという印象をイスラム諸国に与えました。その結果、ISと直接関係なくても、イランはイスラム過激派を支援していることで、非常に悪いイメージが付くことになりました。

4.米国とイランの対立

米国とイランは、イランが1979年にイスラム革命を起こし、在イラン米国大使館を占拠したときから、深刻な対立関係に入りました。

そのため、いままで中東イスラム諸国は、米国とイランの両方に気を遣いながら、バランスを取って付き合ってきたのですが、先述のシェール革命とイスラム過激派の台頭によって、イランに気を遣って、米国と距離を取るメリットがなくなってきました。イランから離れて、米国に近づいた方が得だという計算になってきたのです。

5.イランはもともと「よそ者」

日本から見ると、中東のイスラム諸国はどれも似たように見えますが、イランは、他の諸国とは民族、文化が違います。イラン人はアラブ人ではなくペルシア人で、アラビア語を話さず、ペルシア語を話します。全然違う文化圏なのです。

またイランは、起源がアケメネス朝ペルシア(BC550-BC330)にあり、19世紀から勃興した他のアラブ諸国とは格が違う大国です。他のアラブ諸国から見ると、言葉が通じない気難しい大先輩のような存在であり、最初から壁があったというわけです。

ここに来て、イランが急に孤立するようになった理由は以上ですが、今後の見通しは以下のとおりです。

今後の行方 ― 米大統領選の結果で中東の未来が変わる

米国、イスラエル、そしてイラン以外の中東イスラム諸国の三者間の距離が縮まることは、中東の潤沢な資金が米国にさらに多く流入することを意味しており、マーケットにとって良い材料です。しかし、事態がこの方向へこのまま進むかどうかは、11月の米大統領選挙の結果にかかっています。

国交正常化はトランプの選挙運動でもある

今週、ポンペオ米国務長官が中東諸国を歴訪し、先日のイスラエルとUAEの国交正常化の地面固めをするとともに、他の関係国とも国交正常化の地ならしをしました。

今回、ポンペオ国務長官が訪問したのは、イスラエルのほか、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、オマーン、スーダンの各国です。

このうち、イスラエルとの国交正常化が近いと予想されるのは、バーレーンとオマーンです。スーダンは、今は暫定政権なので条約交渉権がなく、正常化は2年後と言われていますが、経済制裁を解除してほしいと望んでいるので、今後は米国の意向通りに動くものと思われます。このほか、サウジアラビアやモロッコは正常化が近いと言われています。

この国交正常化の取り組みは、トランプの選挙活動でもあります。成功例が増えるほど、米国内のユダヤ人の票と資金が共和党側になだれ込んできます。共和党大会で、わざわざエルサレムで収録したポンペオ国務長官の応援演説を流したのも、そういう意図があります。

トランプ大統領は、国内で人種暴動の拡大に苦慮しており、この国交正常化しか選挙対策の切り札がありません。この案件には、娘婿であるジャレド・クシュナー上級顧問も深く関与しており、一家でこれに政治生命を賭けています。

IAEAの動き

今週、ポンペオ国務長官が中東を歴訪しているのと同時に、IAEA(国際原子力機構)のラファエル・グロッシ事務局長がイランを訪問しました。

グロッシ事務局長は、イラン政府が核開発疑惑がかかっている2つの施設への査察を受け入れたと記者会見で語り、訪問が成功したと述べました。

しかし、この件は二通りの解釈ができます。一つは、イランが本気で査察を受け入れて、徐々に西側諸国と融和を図るつもりだというものです。こうなれば、トランプにとっては願ったり叶ったりです。

もう一つは、査察を受け入れると言っておいて、米国からの批判を一時的にかわし、実際には受け入れを実行せず、時間稼ぎをするというものです。

イランが思い描く最善のシナリオは、11月に米国がバイデン民主党政権に切り替わり、オバマ政権が構築した緩やかなイラン監視体制(いわゆるP5+1)を、バイデン政権に再構築してもらうことです。

その意味で、今回の査察受け入れは、11月までの時間稼ぎと見ることもでき、トランプから見れば、IAEAはとんでもないことをしてくれたということにもなります。

大統領選後の見通し

このように、今後の中東情勢は、大統領選の結果によって大きく変わります。

トランプが勝てば、さらに国交正常化が進み、中東の潤沢な資金が、米国とイスラエルにどんどん回るようになり、新たに巨大な商圏が誕生します。これは、米中冷戦の文脈では、米国のテリトリーが中東で大きく伸張することも意味します。

バイデンが勝てば、国交正常化は小休止です。しかし、国同士で締結した条約は、政権が変わっても有効なので、11月までに達成できた正常化は、バイデン政権の果実になります。

バイデン氏が、これをテコにイランを締め上げるか、それともオバマ氏の成果物である「P5+1」の枠組みを復活させて、イランに融和策を取るかは未知数ですが、融和的なアプローチを取れば、かえって中東世界が不規則に多極化し、不安定になる可能性があります。

中東情勢だけ見ると、トランプが勝利した方がメリットは大きいです。地政学リスクも低下し、新たなビジネスもたくさん生まれ、米国と中東のほぼ全域が共存共栄の関係に入り、米中冷戦を戦う上でも有利に作用します。

その意味で、バイデン氏は、これを上回る構想を有権者に示すことが求められています。とくにユダヤ系のロビー団体からは、大きな圧力がかかっているものと推測されます。

まだ選挙の結果は分かりませんが、いま中東で起きていることは歴史的な出来事なので、もし当選すれば、バイデン氏は非常に大きな責任を背負うことになります。

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